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落合陽一氏の『マタギドライヴ』とは何か。マタギ発祥の地で考えてみた。

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マタギ文化発祥の地、秋田県北秋田市からお届けしています。 

最近注目してしまう落合陽一さんの対談内容の中で、とりわけ気になる言葉がありました。それは【マタギドライヴ】という造語。

著書「デジタルネイチャー」の次に書く本のタイトルにもなるそうで。

デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂

デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂

 

デジタルネイチャーとは、「コンピュータと非コンピュータリソースが親和することで再構築される新たな自然環境」として捉えられる世界像である。 メディアアーティスト・落合陽一が提唱する概念である。 落合は、デジタルネイチャーを「人・モノ・自然・計算機・データが接続され脱構築された新しい自然」であると述べている。 

対談の内容はこちらからご確認ください。

bunshun.jp

新たなテクノロジーがプラットフォームを超克するということではなくて、ライフスタイルがプラットフォームを超克するようになってきた。それはもう、超克というよりは、ライフスタイルに落ちてくるという感じに近くて、全体批評性を持ったアートというより職人的なんだろうなと思うんですよね。だから次は狩猟採集的生活をテーマにした『マタギドライブ』という本を書こうと思っているんです。 

 ふむふむ。現代社会が農耕民族的な構造になっているから、これからは狩猟採集民族的な生活を目指そうよ、という話になっているようですね。

マタギドライヴ】の話が出てきたのは、この対談が初めてではなく、色々な場所で語られている内容のようです。これは本気と書いてマジだ。

ledge.ai

――落合
「現代の工業社会って農耕民族・農耕社会的なもので。将来得られる賃金に向かって与えられたタスクをひたすらやるってことがいかにストレスフルなのか、というのを示してきたのが近代だと思うんです。

一方で、我々は狩猟民族だった頃の血が抜けてなくて、それを農耕民族的な生き方をさせようとすると戦争を起こしたりする。その農耕民族のストレスの発散の方法は「祭り」でした。『毎日祭りをやるよりは熊を狩ろう』という社会にこれからなっていくと思うんです。」

 これは落合さんの話からはそれますが、日本の縄文文化は世界から見ても極めて珍しく、1万年もの間、崩壊することなく続いた社会を築きあげた実績があります。【マタギドライヴ】に転換していくことで現代人が永遠に逃れられないと思われていた呪縛から解き放たれ、真に自由な根源的な営みにアクセスすることができるのだと感じました。それが唯一現代人の心の奥底に巣食うストレスに立ち向かう方法なのだと思います。農耕民族のストレス発散方法は「祭り」と指摘されている通り、現代では今日もどこかで祭りが行われています。炎上という祭りもあり、ハレとケが完全に逆転している状況でもあります。粗食を食べることがイベントになり、肉を食べ酒を飲むことが日常化しているのです。そんなストレスフルな現代社会に対して、落合さんはこう続けます。

――落合
限界費用(生産量の増加分に対する費用)がゼロの課題を見つけて、副業なり、好きなことをはじめるなりすればいいと思います。突発的なゴールや目標に向かって突き進むライフスタイルを僕はクマ狩りと呼びたいです。」 

 ここで言う限界費用とは、生産物を1つ増加すると、それによってどれほど費用が増加するのかということです。例えばパンの生産では1つ増やす度に20円の追加費用が必要となれば、それは限界費用がゼロの課題ではありません。私が今やりたいと思っているハンター養成塾のようなものでは、生徒が1人増えても、デジタル教科書であれば限界費用が限りなくゼロに近い状態で運営できる課題だと思います。でも、組織をつくってしまうと、突発的なゴールや目標に向かって進みにくくなってしまうので、そこはもう一度見つめ直したいところではあります。

そしてもう1つ注目したいことが、狩猟採集のエキスパート、世間に属さない孤高の狩人として「マタギ」という言葉を選ばれていると思いますが、クマ狩りの設定についてもなかなか鋭いところを突いているのではないかと感じました。マタギを狩猟の一面だけで捉えてしまうと、クマ狩りは結果だけ求めてしまいがちですが、落合さんはライフスタイルとして「クマ狩り」を挙げています。落合さんの比喩は突拍子もないと鼻で笑われている場面もよく目にしますが、やはり本質を掴んでいるので説得力があるのではないでしょうか。言葉の強さに惑わされず、その言葉の意味するところを自分なりに解釈してみたいと思います。

 そこで良いヒントになってものが、こちらの「欲求反転法」についての記事。

forbesjapan.com

毎日の仕事を通じた高次欲求にとらわれるあまりに、忘れがちになっていた「何が自分にとって大切か?」という問いに直面する。それこそ充実した休みです。現代を生きるなかで偏ってしまった欲求ヒエラルキーを反転させて、人の原点としての幸福に立ち返るのが、この「欲求反転法」です。
低次欲求を取り戻そうという動きは、もはや一つの価値観になっています。例えばキャンプ。平日はしっかり都会で働いて、週末は大自然の中で、家族や友人とのつながりのなかで、テントを立て、食を共にし、生きることの原体験を感じる。 

 学校で習ったような欲求ヒエラルキーのピラミッドを反対にして、承認欲求のような自己実現欲を一番後回しにして、生理的欲求や安全欲求を重視させ「人の原点としての幸福に立ち返る」ための方法として紹介されています。

これはまさに「クマ狩り」の言わんとしているところの一翼を担っているのではないでしょうか。ただ、落合さんの場合は原始的な生活に戻れということではなく、自分の本当にやりたいこと、全身全霊を捧げられる対象物を山の神でもあるクマに重ねているのではないかと理解しています。AIをクマを狩る武器として考え、チームで考えていくのと同時に、現代人がストレスに感じること、農耕的な作業は機械やAIに任せてしまって、より純粋で怪我をしながら、返り血を浴びながらでもやらねばならないことを1人ひとりが実践していくことが大事になると感じました。

クマ追いのために山に入ると、自分が生きたいという気持ちと、クマに殺されても仕方がないという諦めと紙一重で、上のようなツイートもいちいち共感してしまいますね。 

最後に、今の若い人って寺山修司の「書を捨てよ、町へ出よう」を知ってるのかな…。

 

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書いた人:織山英行(おりやまひでゆき)

Twitterfacebookは退会済。現在はInstagramを主に活動の場としています。

秋田県北秋田市でゲストハウスもやってます。ご興味のある方は覗いてみてください。

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