ORIYAMAKE

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某糸井先生のお言葉メモ

ブログで生き恥をさらしている意味はここに。

 

(ほぼ日コラムより)

・おとうさんやおかあさんが、どういうことを思ったり、考えたりしていたか。こどもは、じぶんが大人になったときに知りたくなる。

いっしょに過ごした時間が長くても、たくさんいっしょに話したことがあったとしても、そこであんまり語られなかった「おとうさん」や「おかあさん」がいる。家族としてどんな話をしていたのかとは別に、おとうさんは他の大人たちとなにを語りあっていたのか。おかあさんはひとりの時間になにを思っていたのか。そういうことが知りたくなる。

大人になったこどもは、あるときに、おとうさんもおかあさんも、ひとりの人間だったということについて、いまさらのように気がつくからだ。おとうさん、おかあさん、と呼んでいた人が、じぶんのような人間だったとしたら、どんなふうに生きていたのだろうかと興味を持つ。

こんな機械をつくる仕事をしていたんだよだとか、こういう人に、こういうサービスをしていたよだとか、うれしいときにはこんな歌をよく歌っただとか、隠していた恋心があってねだとか、こんなことをずうっと気に病んでいたんだよだとか、全然だめだめなことでもいいし、けっこうりっぱだったことでもいいし、弱いところがいっぱいあったという事実でもいい。

そういうおとうさんやおかあさんのさまざまな足跡を見て、こどもはまた大人になる。おそらく、ぼくのこどもは、自然と、ぼくがこうして書いている文章を読むことになる。直接会ったときには「げんき?」とか言い合うだけでも、そうじゃないぼくのことを知ることができる。ずいぶん恥ずかしいことでもあるけれど、いいことだ。ぼくは、ひとりのこんなふうな人間で、できることなら、これを読むこどもが、生きることを好きになるような足跡を残したいと思う。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。 読まれるかもしれない手帳を、いま記しておきましょうよ。

令和時代のワイルドライフマネジメント入門

新しい時代に変わると、個の時代からまた、集の時代に変わっていくと思います。行き過ぎた個は1億総コメンテイター社会となり、何についても当事者意識がなく、口先だけの希薄な関係性が助長されてきました。その揺り戻しは必ずあると思いますし、それを歓迎したいです。

私個人としては、様々な未来に向かって、今できることを一歩ずつ進めて行きたいと改めて思います。それは、人と自然をまたぐようなライフスタイルを提案し、私たちの住む地域を含めて中山間地の価値を高めていくということです。

具体的には令和元年に罠猟免許と鳥獣管理士を取得します(銃猟免許は2015年に取得済)。そして、狩猟者の基礎的な数を増やさなければならないため、将来的には免許合宿を開催したいと考えています。過去記事でも何度か書いてきましたが、まずは裾野を広げることに注力していきたいです。最終的には、結構な数の人が自分で授かった獲物を自分で捌いて自分で食べる、という体験をしてもらいたいのです。ジビエ肉を流通させることは本当に難しいことだと思っているので、それよりも自分で授かった肉を年に1度でも親戚や友人に振舞う会というのを開催してもらえるような環境を整えていきたいです。(そっちの方が人間も動物も幸せな環境になると思うんですよね…。また今度詳しく書きたいと思います。)

そんな感じで裾野を広げていきたいとなると、当然動画を使ったプロモーション、Youtubeを活用するという、今まで避けてきたこともやらなければならないわけです。そして、テーマも考えて行かなくてはなりません。

大きなテーマとしては「地域貢献」と「ワイルドライフマネジメント」で、尚且つハウツー動画の3分以内、という線は固めています。そのために、止めさしのシーンや解体シーンはあえて動画で映すことはしなくても良いと思っているのですが、内容は動画をつくりながら変えて行ければと思います。それを私ひとりではなく、家族で出来ないかなとも思っているのです。

なぜならば、2019年現在、狩猟があまりにも個人のものになってしまっていると思うからです。狩猟というのは本来、家族ぐるみや地域ぐるみでやるものなのではないでしょうか?

例えば、今巷で取り上げられている狩猟者は個のかたまりとして登場しているように感じています。男女問わず、強い人という印象があります。そして、家族とは少し距離があったり、そんな場面がよく登場しています。家族の協力はあっても、少し異質な存在としての狩猟者像は間違っているというか、もったいないと思うのです。

家族として狩猟、鳥獣管理を行い、それを地域や集落全体で行っていかなければならない時代になると思いますので、自分以外の誰かがやってくれればそっちの方が有難いのですけれど、ちょっと準備をしてみようかなと思っている段階です。

そこで、まずは大事なターゲット選択です。ここではターゲットをアウトドア好きなパパを想定してみました。私の周りにいるアウトドア好きなパパたちは、結構ひとりでキャンプをしています。家族から白い目で見られていることも少なくないようです。日本全体だと更に多くいらっしゃるのではないでしょうか。私もかつてはそうでした。自分の趣味を突き詰めるあまり、男のロマンを求めるあまり、奥さんをはじめ娘たちからは煙たがられていたように感じています。

そこで、アウトドアから一歩踏み込んだ形で、動物観察や狩猟の分野に興味を持っていってもらえるような導線をつくりたいと思うのです。アウトドアから狩猟になると、一気に家族との距離が縮まるのですが、そこのところのノウハウ的なものを紹介していきたいのです。その時に銃はオススメできないので、罠猟をオススメしたいと思っています。巣箱もある意味、罠的な要素もありますし、自分の家に鳥用の巣箱を設置することからでも始められると良いですよね。最終的に家族が仲良くなる罠猟を提供して、罠猟ファンが増えれば目指したい地域像に近づけるのではないかな、と思います。

私の子どもたちには、どのような形であれ自然と人との間で関わり続けてほしいと願っています。山に囲まれた集落に住む人でも、どんどん山との関わりが無くなっています。山に行く用事がないとのことで、年に1度も山に入らない人が大半なのです。本当に残念ですし、もったいないことだと思います。

そして、何よりも大事なことは、関わり続けること。関わり続けるということは、答えを安易に出すのではなく悩み続けるということです。曖昧なものを曖昧なまま保有することのできる力を付けさせてあげたいと思っています。

そんな令和元年、とにかく人にとっても、動物自然環境にとっても明るく平和な時代になってほしいと心の底から思っている次第です。

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書いた人:ももんじ織山

1983年秋田県生まれ👹元モザイク職人

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懐古厨の夢の話

僕は自他共に認める懐古厨。小学校のときに友達になった人は親友で、大学生のときに知り合った友達は親友になりえない、そんな人。昔の方が思い出が輝いていると錯覚している人。

懐古厨とは「昔はよかった」というような発言を繰り返す人を指すネットスラング。たんに過去を懐かしむ人とは異なり、現在を否定する特徴がある。

 懐古厨(かいこちゅう)とは?(意味)~用語集|numan

そんな懐古厨なので、未練がましくも夢には時々小学校のときに好きだったMさんがあらわれる。Mさんとは小学校、中学校と一緒でそれなりに仲も良かったが、思いを告げることなく高校は別々になり、成人式に会った時には声をかけることもできずに終わっていた。そんな人が夢に出てきて、一緒に話ができたりするのはある種の幸福感があったりもした。

でも、昨日は夢に出て来る「昔好きだった人の顔」が変わっていた。起きてから少し経ってから気が付いたのだけれど、いつもの教室のシチュエーションだったので、Mさんが出て来るべきはずのところが、昨日は今の奥さんの顔に変わっていた。

昔の思い出を、今が塗り替えたのは初めてだったから驚いた。こうやって歳を重ねていくのだなぁ。